2005年10月22日

ベンメリア

ベンメリア

ベンメリア

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ここはほとんど遺跡に手がつけられていない。

内戦時の地雷は昨年になってようやく撤去されたところだという。


しかし、一歩遺跡から離れるとまだ地雷が埋まっているかもしれなかった。

そのぐらい未整備なだけに、なおさら当時の文明に直接触れられる気がするというものだ。

たくさんの木々に囲まれている。丈の高い草も生い茂っている。

倒れた石はそのまま横たわっている。

石が積みあがっていて行き止まりになっていたり、

踏み石が無くなっていて足を踏み外せば下に落ちそうになるところがあったり、とにかく中は迷路のようだ。







ベンメリア




更に、

地雷の恐怖も常に頭の中に存在する。

しかし、

ベンメリアという遺跡は、冒険心と想像力を掻き立てられる、非常に魅力的な遺跡だった。





15:00 再び宿に戻ってきた。

今日は本当に疲れていたので仮眠。



16:30 起床。プノン・クロムへsunsetを見に出発!

と、またもやスコール。

40分ぐらい足止めをくらう。本当にこの時期東南アジアではスコールがよく降る。

雨が上がり、再びGo!






プノン・クロム

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プノン・クロム
プノン・クロムは小さいが、かなり遠くからでも一目でわかる。

それだけカンボジアには山が少ない。

プノン・バケンもそうだが、この“プノン“というのは、”山“という意味で、

シェムリアップ周辺には山は3つしかない。プノン・クロム、プノン・バケン、プノン・ボック。

プノン・クロムに登った。見た目以上に長い坂道だ。

頂上に辿り着くと、そこには寺院が立っていた。

そしてその背後には、広大なカンボジアの大地が広がる。

実に緑の多い大地。見渡しても緑ばかり。地平線ばかり。

反対側に目を向けると、プノンペンからボートに乗ってやってきた、あのトンレサップ湖が眼前に広がり、その先には水平線。


スコールまでも遠くからよく見えた。

雲の下に薄くもやが広がって見える。あれが雨なのだろう。本当にシェムリアップの全てが見渡せた。

プノン・クロムが昔から軍事拠点だったというのもうなづけるし、

頂上に寺院を建立したくなる気持ちもまたよくわかる。

確かに神聖な雰囲気があった。



頂上で、日本人の3人家族と出会った。

陽気なお父さん。

「ヘビの焼いたやつ買ったんだけど、兄ちゃん食べてみるか?」

「やーねー、こんなもの食べて。そんなの勧めたらたらだめよ、お父さん。」


と、お母さんのツッコミ。 抜群のコンビネーション。

しかし、

ヘビにも興味あり。遠慮なく頂いた。

味はチキン。でも骨と皮だらけで、食べにくい!!

特にもう一度食べたいとは思わない・・・。





夜はオールド・マーケットへ繰り出した。

「大衆食堂」といった雰囲気。 “コンビ二もどき“ もあり、何でもそろっている。

けっこう生活には困らなさそうだった。アイスがめっちゃうまい!3000R。

今日は本当に疲れている。 明日もsunriseを見るために4:50起きだ。

明日はバイクの上で寝んようにせなあかんな・・・。

Good night 22:20。



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2005年10月16日

シェムリアップのカントリーロード



クバール・スピアン

クバール・スピアン

この遺跡見学はまさしくトレッキング!

入り口から山の中を片道40分!

けっこうハードな道のり!


の割には大した遺跡ではなかった。

雨季であればもっと水かさが増すので感慨深いのかもしれない。

もう一度入り口まで40分の山道を引き返し、いよいよベンメリアへと向かった。



道路わきに小さな小屋があった。

若いお父さんとその子供。4歳ぐらいだろうか。

カメラを見たことがないのか、カメラを向けても何も反応はない。ただ珍しいものを見るような顔でこっちを見ている。

お父さんの了解を得て、この子の写真を撮らせてもらった。

もちろん無料で。

当然のようだが、観光地では当然ではない。

写真を撮らせてもらった後にお金を請求されることがよくある。

一方、田舎では外国人に対して商売する習慣が無いので、決してお金を請求してこない。

ましてや商売のための作り笑顔など無い。ありのまま。


そういう意味もあり、

何も観光するようなところがないようなところにふらっと立ち寄り、そこにいる人たちと話をする。

言葉は当然通じない。それでも彼らと仲良くなれたとき、心が通じたとき、何とも言えない喜びがある。

だから僕はこのスタイルが大好きだ。




話は変わるが、そういえば、

村があるところには必ず川があることに気づいた。 飲み水(?)風呂の水、トイレの水、・・・

全ての水は川から来る。 文明の縮図をここに見た。

天気は快晴。砂埃が半端なくすごい!

タオルをマスク代わりにしたが、それでも顔は泥まみれになる。

反面、道の途中にはひざの高さまではあろうかという水溜り地帯も通らねばならなかった。

ほんまに整備できてへん!

朝も早く、昨日もけっこう歩き回っていたため、相当疲れていた。

振り落とされそう!

というぐらいのボコボコな道でありながら、バイクの上で何度も寝てしまった。

危ねっ!!

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2005年10月15日

スラ・スランの夜明け

8/13


スラ・スランの夜明け

スラ・スラン

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4:30 wake up!

5:00出発。トラウマのスラ・スランへ。

さすがに朝一では店もやっていないだろう。もちろん子供たちの売り込みもない。

まだ寝ぼけながらバイタクの兄ちゃんに連れて行ってもらった。

スラ・スラン到着。まだ暗がりの中だ。





っておい! また昨日と同じタチの悪いchildren!!

朝起きるん早すぎやろ!


今日はからまれないようにできるだけ近寄らないようにした。

意外にもツーリストはほとんどいない。穴場。若干cloudyだが、

それでもスラ・スランの夜明けは綺麗だった。池に写る景色がgreat!



今日は、バンテアイ・スレイ→クバール・スピアン→ベンメリア、の遠方コース。

バイタクでまずはバンテアイ・スレイへと向かった。

カンボジアの農村が広がる。本当に何もない。やはり、

貧しい。 道路が未整備。これは本当にひどい!!

ぼっこぼこ!ケツ痛っ!


シェムリアップ近くでは多くの学生を見かけた。 Private schoolへ行くようだ。

Capital schoolは今vacation。前者は年間数100ドル。 後者の場合は年間数ドルで授業を受けられる。

ただし、成績がいいことが条件。大学はcapital schoolであっても高いらしい。





バンテアイ・スレイ


バンテアイ・スレイ

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到着。 ここは当時の遺跡建立時の彫刻が最もその形を残している。

少し赤茶けた色をしていた。



その時、

ルームメイトに遭遇!










シェムリアップに着いてからというもの、

部屋はシェアしていたが、昼間は常に別行動していた。タ・プロームでも彼に会った。

彼は非常にマイペースだが、内側には芯を持った強い人間だと感じさせる。

人のペースも乱さないし、なかなかのgentleman。いいやつだ。

そこから彼も一緒にクバール・スピアンへ向かった。



その途中の道のり。

稲が青々としている。

ベトナムのメコン・デルタでは今がHarvestだった。

同じ東南アジアでも地域によって刈り入れの時期が異なるようだ。

カンボジアでは年に何回Harvestがあるのだろうか?

収穫量はベトナムに比べて少ないのだろうか?

こんなに貧しい国だ。米の収穫量はせめて豊かであって欲しいと願う。


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2005年10月10日

タ・プローム

タ・プローム

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タ・プロームおそらく日本人には最も有名な遺跡。
遺跡に絡みついた巨木。

現代人に見せるために創ったのか。

と思うほどに見事な人間の創造物と自然との融合。



タ・プロームを出ると、スコールが降ってきた。

雨宿りもかねて昼飯。ここでもまた小さな子供がいた。

が、売り込みはしてこなかったので一安心。

東南アジアの子供は本当にかわいい。

日本とどこが違うのか。

お互いに助けあう、助け合わないと生きていけない社会だからだろうか。

だから大人にもすぐになついてくる。親の教育。温かい。

それからもう1つ。東南アジアの子供は年齢よりかなり小さく見える。

12歳というが、8歳ぐらいに見えた。



昼食後、





タ・ケウ
タ・ケウの高校生(左)


またスコール!?

ベトナムで一度味わったが、東南アジアのスコールはめちゃめちゃ激しい。

というか痛い。そのまま勢いでタ・ケウまで雨宿り無しで直行した。

今度は17歳の高校生の女の子。
今はvacation。カンボジアの夏休みは7月頭〜9月20日までだそうだ。

話していると、どこか日本的な高校生だ。なぜそう感じるのだろう?日本人ツーリストとよく話をしているからだろうか?

その影響で観光地のカンボジア人は日本人に似てきた?それとも元々アジア人は似ているのだろうか?



なぜか笑いのツボまで日本人と同じ。

まるで日本語でしゃべっているような感覚に陥る。

・・・何か昔から友達だったような。



タ・ケウ
「まだ雨降ってるけど、行ってくるわ!」

走ってタ・ケウへ向かった。

Wow! I’m a lucky man!

雨が思いもよらないプレゼントになった。

タ・ケウの遺跡に滝が流れていた。





スコールは思った以上に長引いた。もちろん夕陽は見ることができない。

宿に戻り、チェンラーでボンカレーを食した!

0:00 Good night.





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2005年10月08日

スラ・スランの子供たち



バプーオン



1人の青年がガイドをしてくれた。

もちろん有料だったが、かなりマイナースポットまで案内してくれたから、1人で歩くよりは効率は良かった。

ここは改修工事が行われていたため、全てを見ることはできなかった。





スラ・スラン

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スラ・スラン
目の前に大きな池が広がる遺跡である。

ここではたくさんのみやげ物屋の子供たちにからまれた。

「お兄さん、お兄さん」

また来た。

どうせ親に言われて金稼ぎのためにやっているに過ぎないんだ。

と、自分に言い聞かせた。

「何?買わないよ。」

「お兄さん、コーラ。お兄さんおみやげ。」

どこの遺跡に行っても同じこと言う。

「だから買わないって。」

「お兄さん買ってくれないと私泣く。」

・・・えっ!?この手の勧誘は初めてだ・・・(汗)

泣くとかそういうこと言うなよ〜。

スラ・スランの子供たち「わかった、じゃあジュースだけ買うことにするわ。」

ジュースを買った。

「おみやげも買ってくれないと私泣く。」

おいおい、そらないで!要らんって!

そしてついには・・・、

・・・

嘘泣きしやがった!!!

周りの子供も、

「あ〜泣かした〜!」

間違いなく悪質ないじめだ。

どこでそんな日本語覚えてん!!?

・・・こっちが泣きたい。




結局・・・

Tシャツを1枚買った。どうも子供には弱い。

というかやっぱり子供はかわいいと思っている自分がいた。だから少々腹が立ちつつもみんなで写真を撮った。

しかし、スラ・スラン・・・ほんまタチ悪いって!




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2005年10月02日

アンコール・ワット

8/12


5:00前起床。

5:20出発。かなり早く寝たから全然眠たくない。

Sunriseを見にアンコール・ワットへ。見れるだろうか?



アンコール・ワット

(→ もっと写真を見る薄明かりのアンコールワット


アンコール・ワットには既にたくさんの人が来て座っていた。

初めて見るアンコール・ワット。とにかくでかい。外塀からしてでかかったが、中に入ると相当広いことがわかった。

どこがベストスポットなのかもよくわからない。

結局正面から見ることにしたが、・・・10分、20分、・・・やっぱり朝日も見れなかった。

しかし、薄明かりに照らされたアンコール・ワットは格別に綺麗だった。

それからひとまずアンコール遺跡の一番上まで登った。

「俺は世界を手に入れた!」

ここに立つと、そんな気がしてくる。

太陽が昇り、鳥の鳴き声が聞こえる。多くのツーリストがいるはずなのに、静かだった。



まだまだ何も見ていないので名残惜しかったが、とりあえずバイタクの兄ちゃんとの約束があるので、アンコール・ワットを後にした。

また明日かあさってもう一度来よう。6:30。

あれっ?バイタクの兄ちゃんどこ行った?

待っているあいだ、1人の子供が近づいてきて、日本語を教えてくれと言ってきた。12歳ぐらいだろうか。

あ、い、う、え、お

あまりにも熱心だったので、こっちもヒートアップしてしまった。

将来日本人のガイドをしたいという。このモチベーション、すばらしい。

いいガイドになれそうだ。

やっとバイタクの兄ちゃん登場!30分遅れ!遅い!



アンコール・トムのゲートアンコール・トム

(→ もっと写真を見る



アンコール・トムのゲート。大きな顔があるゲート。異様な雰囲気を感じる。

入ってすぐにバイヨンがあった。宇宙の中心と呼ばれる、バイヨン。

概観を見ただけではすぐに見終わる。

が、

中に入ると迷路みたいになっていて、何だか全てを見たくなる。探検している感覚。


この向こうにはなにがあるんだろう?

ここから見たらどう見えるんだろう?

当時はどんな姿だったんだろう?

この建築物を通して何を表現したかったのだろう?

宇宙の中心バイヨン

僕はは実際にその遺跡に行くまであまりガイドブックを熟読しないタイプだ。

歴史や建築物が建てられた意味など、読めば多くのことを知ることができるのだが、あまりそれをしたくない。

遺跡なんて、建てられたときに、現代人の誰もその場で見ていないではないか。誰も真実は知らないのだ。どういう解釈だっていい、って思ってしまう。

とにかく最初の自分の印象を大事にしたい。

実際に見て、自分で想像したい。

歴史や意味はその後で読む。こういう解釈が一般的なんだなって。



1つの遺跡を見るのに1時間ぐらいかかった。


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2005年10月01日

シェムリアップ到着

8/11


5:30 起床。

モーニングコールをかけてもらった。

めちゃめちゃ腹が痛い。昨日の夜食べたかぼちゃプリンのせいか?

マジで痛い。朝飯もほとんど食えない。

それでもなんとか6:30出発で、昨日のバイタクの兄ちゃんにボート乗り場まで連れて行ってもらった。



6:50 ボートに乗る。

かなりいいボート。エアコン+TV付。そら25ドルするわ。

偶然にも、出発直前、昨日王宮で会った日本人に再会!!
11japanese0.jpg
出発後、彼と一緒にボートの屋根に上った。

風が吹いていて気持ちがいい!

ボートのスピードは香港−澳門間で乗ったターボジェット並!

めっさ速い!


途中、川幅がかなり狭いところがあった。

数年前はここで時々ゲリラからの銃撃があったと聞いた。

・・・それほんましゃれにならんやん!!

撃ってこられたら全くもって逃げれる気がしない。



12:00 シェムリアップ近くのボート降り場に到着。

旅行会社の迎えがいっぱい来ていた。

結局、日本人の彼と部屋をシェアすることにした。今年新築のゲストハウス。

値切って2人で5ドル。かなりきれいな部屋だ。



16:30 早速アンコール遺跡へと出発。

明日からのアンコール遺跡 3 day passを購入!40ドルもした。

実際、この国はアンコール遺跡群で持っているようなもの。貴重な収益源だから仕方がない。

夕方からはpass無しで入れるようなので、早速sunsetを見にプノン・バケンへと向かった。

道はかなりきれい。ここシェムリアップは毎年ものすごい勢いで観光地化が進んでいる。

1年前は街灯も無かったというのが信じられない。

さあ、ついにアンコール遺跡だ。




11pnonbaken0.jpg プノン・バケン(→ もっと写真を見る


いきなり非常に急峻な坂。

やっとのことで登りきると、遺跡の階段が・・・、

もっと急なんかい!!

足を横にしないと登れない。

後でわかったことだが、アンコール遺跡群の階段はほとんど全てこの急な階段だった。

“神”という存在を高めるためだろうか。

頂上からの景色はとてもきれいだ。

地平線、水平線、そしてアンコール・ワットが見事に上から眺められた。

日が落ちていくに連れて周りにはどんどん人が来る。

なんと日本人の多いことか。海外に来て日本人ばかり見かけるのは少し興冷めしてしまう。

結局、今日は曇っていてsunsetは見れなかった。

それにしてもとにかく人が多い!日本人が多い!3分の1ぐらいが日本人だった。





18:30 宿に戻る。

風呂に入った後、チェンラーという日本人が多く集まる宿のレストランに行った。

焼きそばとパイナップルシェイク。3500R。

焼きそばはインスタントの塩焼きそばと同じ味。

あっ!

ボンカレー!さらにサッポロ一番!

思いっきり日本のインスタントやん!


どうもこのレストランのカレーは全てボンカレー、ラーメンは全てサッポロ一番ベースのようだ。

おまけに焼きそばまでサッポロ一番を焼いている・・・。

ま、いいや。たまに日本食(インスタントであっても)が恋しくなるものだ。

バイタクの兄ちゃんたちと明日の夕方サッカーをする約束を取り付け、宿に戻った。

さて、バンコクに戻った後どうしようか・・・。

ラオス、ミャンマー、バンコク近辺??

とりあえずアンコールにどれだけ、何日かけるだけの魅力を感じるか。

明日は5:00起き。Sunriseを見るぞ!

ここでも子供がお金をせびってくる。 ゴメンよ〜。

Good night 21:30。ちょっと早すぎるなー・・・。



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2005年09月25日

カンボジア人の集まる店


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19:00。まだまだ時間はある。

自分は旅行に来ると、暇さえあれば外に出るタイプである。

宿を出ると、すぐに声をかけられる。またか。

その中に1人、面白そうなやつがいた。

セーイ、24歳。大学生。授業料を稼ぐためにバイタクをやっている。

直感で間違いなくいいやつだと思った。

でも今から晩飯食いに行くだけのつもり。

近場だからゴメン!バイタクはいらない!歩いて行くよ!

プノンペンのメインロードはやはり栄えている。

いろんな店があり、飯もうまそうだった。

なぜか中華料理店を発見し、無性に中華が食べたくなった。

麻婆豆腐、チャーハン、餃子。Total 4ドル。

食べきれないぐらいの量。でもめっさうまかった。

その後さらにかぼちゃプリンの店へ。1000R。

だが、これはぬるくてまずい!





もう21:00前。

宿の前まで戻ってくると、

・・・あれっ!?

まだおるやん!!


・・・さっきホテルを出たときにいた彼。

「セーイ!何やってんの!?」10sei0.jpg

・・・約3時間、ずっとホテルの前で客を捕まえられずにいたらしい。

What??

申し訳ないが笑ってしまった。

しばらく立ち話。

・・・本当に真っ直ぐな人間だ。

どうも真っ直ぐすぎて損ばっかりしている様子。

しかし、彼は常に笑顔を絶やさない。

愛嬌があって非常に好感の持てるGentlemanだ。



「飲みに行こう!?」 とセーイに誘われ、

彼のバイクに乗ってBarに連れて行ってもらった。

もちろん、無料で。



すげー!こんなとこあったんや!?

と、びっくりするほど華やかなBar。

川に浮かんでいた。少し小さい豪華客船のようなBar。

中はけっこう広く、100人ぐらいは入れそうだ。

基本はテーブルに座って酒を飲むスタイルだが、

中央には歌手がいて、ディナーショーのような雰囲気もある。

そのうち、客のみんなも中央に集まって歌にあわせて踊りだした。

ここにはツーリストはほとんどいない。

カンボジア人の集まる店

のようだ。

歌手もカンボジアで有名な歌手たちが何人か歌っているらしい。

それもそのはず。

カンボジアで栄えている街はプノンペンとシェムリアップのみ。

カンボジアでテレビに出るような有名人は全てこのプノンペンにいるといっても過言ではない。

歌の雰囲気はどこか昭和を思い出させる。

雰囲気は抜群!最高!めちゃめちゃ楽しい!

自分もセーイもテンションが上がり、中央に踊りに行った。

「踊り」

と言っても至ってシンプル。リズムに合わせて手を振り足を上げ前後に歩く。

別にカンボジアの伝統舞踊などではなかった。

しかし、妙に楽しくなってしまう。

カンボジアにはパワーが溢れていた。

内戦がようやく終わり、これから一生懸命国を発展させようとしている人々の活気が多分に伝わってくる。

素朴でいて、力強い。



しばらく踊った後、

セーイと30分程自分たちの国についてお互いに語り合い、

部屋の外に出た。

いい店に連れてきてくれてThank you!





23:00。宿に戻る。メールアドレスをもらってセーイと別れた。

セーイからは日本に住んでいてはではわからない貧しさを思い知らされた。

大学の授業料を払えない。

セーイには彼女がいる。しかし、

「結婚はしたいけど、自分は貧しいから、結婚したら彼女が不幸になる。

だから別れるつもり。それが現実だよ。仕方がない・・・。」

泣き出しそうだがこらえている。



「そんなの乗り越えられるって!セーイ、それでいいのか!?

貧しくても好きな人と一緒になる方が幸せになるに決まってるって!!」



とは、言えなかった。

その「貧しさ」を僕は経験したことがない。

僕から彼に一体何が言えるだろうか。説得力なんて微塵も無い。

ただただ、何も言えず、彼の話を聞いていることしかできなかった。

僕は日本でぬるま湯に浸かっている。

世界において幸せとは、当然あるべきものなどではない。

それを忘れてはならない。


23:30 Good night.

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2005年09月23日

第8話 プノンペン カメラ紛失事件


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王宮。3ドル。

特に面白くもなかった。ここで1人の日本人に会う。

横浜出身。2ヶ月前から東南アジアにいるらしい。彼はずっと暑い、暑い、を連発!

だいぶまいっているみたいだ。

王宮には、すごいな、きれいやな。That’s all。これだけしか感じない。

・・・しまった!!!

うかつであった。

王宮ではカメラの持込が禁じられていたため、外で待つバイタクの兄ちゃんにカメラを預けてしまった。

1日US 5ドルで契約したバイタクの兄ちゃんに、US300ドルのカメラ。

持って逃げられたら終わりだ。

王宮から外に出るともう既にバイタクの兄ちゃんの姿は見えなかった。

ベトナムの思い出が・・・

「この辺にバイタクの兄ちゃん見かけなかった!?」

必死に周りにいる人たちに聞いてまわった。

一番大事なものを無くしてしまった・・・。
と、4人目ぐらいで、

「あそこ。」

1台の車を指差す。

え・・・?

寝てるー!!!

車の中で寝てるー!!


・・・彼の友達のタクシー後部座席を拝借していた。

カメラもしっかりキープしている。

「ふぁ〜、もう見終わった?」

あくびをしながら普通に言われた。

・・・。

「・・・うん、王宮きれいだったよ。」

もちろん、こちらも平静を装った。



疑った自分が恥ずかしい。

旅をするといつも葛藤がある。

・・・この人は信用できるだろうか?

今まで、

いい人だと信用して騙されたこともある。

いい人なのに冷たくしたこともある。

徐々に初対面の人を見極める感覚は身についてきたつもりだが、

はずれることもあった。

バイタクの兄ちゃん、疑って本当にごめん!



今日はいい宿なので帰ってゆっくりしよう!

たまっている洗濯物をしっかり洗濯。

といっても、洗濯はいつもシャワーで手洗いするのみ。

とりあえず宿に帰った。

posted by Tiger at 23:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月18日

第8話 プノンペン4



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8/10


9:00出発。

ゲストハウスを出てすぐに、昨日コーヒーを買った店で

バイタクの兄ちゃんに声をかけられた。フレンドリーで明るいやつだ。

それにしても彼の食ってる飯がめちゃめちゃうまそう。

「それうまそうやねー?」

スペシャルメニューらしい。常連客だ。

「俺もそれ頂戴!」

店のおばちゃんは快く引き受けてくれた。感じがいい。

焼肉ピラフ+コーヒー(2500リエル = 75円)

激安!!


バイタクの兄ちゃんが商談を持ちかけてきた。

プノンペン周辺を走ってくれるらしい。

1日US 5ドル。ベトナムより安い。

いいやつっぽかったから彼のバイクに乗せてもらうことにした。



まずは翌日のシェムリアップ行きのボートのチケットを買いに行った。

25ドル。これは高いやろ!

次にホテル。15ドル。少し高いが、洗濯物もたまっていたのでよしとしよう。



突然、

バイタクの兄ちゃんの弟と称する者が現れた。

そしておもむろに兄と運転をチェンジ!

え!?なんで!?


結局理由はわからなかった。
まあ別に構わない。英語があまり通じないのがやっかいだが、兄と同じくいいやつっぽい。



いよいよ周辺観光。
8kangoku1.JPG
トゥールスレン刑務所へ向かった。2ドル。

ここは、ポル・ポト政権によって、ほとんど無実の罪で捕らえられた人々が収容された刑務所。

ポル・ポトは、その政権樹立後、カンボジア全国民の約3分の1を虐殺したと言われている。

カンボジア国内の多くの学校が、ここと同じように臨時刑務所となった。

自然と顔がひきつる。A棟は拷問が行われていたベッド。それと実際の写真。

白黒でよくわからなかったが、雰囲気は十分に伝わってくる。

床にはまだ血痕が残っていた。



B棟。死刑執行の直前に撮られた顔写真。

とんでもない数だ。壁が全て写真で埋め尽くされていた。

なぜ写真を撮ったのだろう?わからない。


8kangoku2.JPG
C棟。独房が1階と2階にあった。

静かだ。当時も静かだったのだろうか?

それとも、うめき声?叫び声?泣き声?笑い声?

恐怖と憤りを感じる。

決して繰り返してはならない、こんなこと。

この気持ちを忘れないためにしっかり写真を撮った。

D棟。1階にはたくさんの拷問の様子を表した絵。

鞭で叩かれる、爪を剥がされる、ナイフで首を切られる、水につけられる、・・・

自分がやられることを想像してみた。

吐きそうだ。

拷問をする側の人間はどんな思いだったのだろうか?

楽しいのか?嫌々ながら仕方なく?
頭おかしいんちゃうか!?

3階ではMOVIEを放送していた。

生き延びた人の証言と農村に強制移住させられた人々の働く風景。

英語がよく聞き取れなかったが、とにかく辛い思いをひたすら語っていた。

もう一度1階へ。おびただしい数の骸骨。

あの有名な、骸骨をカンボジアの国の形に並べたものである。
8gaikotsu00.JPG




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2005年08月21日

第8話 プノンペン3



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「そろそろ宿に戻ろう。」

帰路、さっきまで賑やかだった通りの雰囲気が全く違う。

同じ道を通って帰ったのだが、店はもうほとんど閉まっていた。暗い。

「プノンペンの店はそんなに早く閉まるのか?治安が悪いからだろうか?」

「・・・危ない。」

身体で危険を感じた。

「夜、プノンペンでホテルに泊まっていたら下から銃声が聞こえてきた。」

と、数年前にプノンペンを訪れた友人から聞いたことがある。

薄明かりの中に人影が見えた。目を合わせないようにして通り過ぎようとしたその時、

「Drug. Drug.」

(ん?麻薬の売人?)

「No.」

(さっさと通り過ぎよう。)

「Girl. Girl.」

(今度は売春?)

「No!」

そのまま通り過ぎようとすると、

最後には、

「Children. Children.」

「No !!!」



・・・カンボジアでは12歳ぐらいの少女までが売春をしている。

という噂は何度か聞いたことがあったが、実際に聞くとショックを受ける。

ある友人の話。

「カンボジアで売春のキャッチに呼び止められて、

興味でついていったら20人ぐらい女の子が並んでいた。

明らかに12,3歳やろ!?っていう女の子がその中に何人かいた・・・。」



呼びかけてくる人たちを振り払い、早足でゲストハウスへと向かった。

ショックは大きい・・・。ほんの1日前までベトナムの小さな島で、

この先決して忘れることはないであろう

子供たちの純粋な笑顔たちにどっぷり漬かっていた私にとっては。



ゲストハウスに到着。様々なことが頭の中をかき回している。

今日は全てを忘れて早く寝たい。

22:30就寝。

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2005年08月09日

第8話 プノンペン2



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プノンペン入り。

郊外とはうって変わって急に舗装された道路が窓から見える。そして夜でも明るい。

Star Mart

というコンビニがあった。
市内だけが何か異様に発展していた。StarMartのようなコンビニは、

カンボジアよりはるかに発展しているベトナムでさえ見かけなかった。

社会主義と資本主義の違いか?

儲かりそうなところには外国資本がどんどん流入してくる。



バス到着。

ゲストハウス街だった。辺りを見渡すと外国人旅行者だらけ。

そして果物やパン等を売る店。旅行代理店。PUB。INTERNET CAFÉ。

PUBには欧米人がぎっしり。相変わらず彼らはPUBが好きだ。

小道に入るとアスファルトは整備されていなかったが、この辺りには活気が満ちている。

治安も良さそうだ。物価はやっぱり安い。

コーラやスプライトが約1500リエル( = 45円)。

適当なゲストハウスを見つけてチェックインした。(US 3ドル)

あまりきれいではなかったが、特に問題ない。

シャワーを浴びた後、再びゲストハウスの周りを散策しに出かけた。



そのまま夜のプノンペンをしばらく歩き回った。

今日は何も食べていない。ジュース2本、コーヒー、水、スターフルーツ、バナナを買いこんだ。

メイン道路は賑やかだったが、そこから一歩外れると急に暗くなる。

街灯は少しあるにはあるが、何よりも人がいない。

かなり危険なにおいを感じる。もうゲストハウスからはけっこう離れている。

21:30を回っていた。



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2005年08月03日

第8話 プノンペン1



8:00。
ボートに乗った。プノンペンまで6時間かかるらしい。

今日は日が照っていてかなり暑い。

これがこの地域の標準的な天気だろうか?今までは思いのほか涼しかった。

出発してまもなく、川を埋め尽くさんばかりのfloating house。

家の中が見える。普通に暮らしている。

が、浮いている。

洪水のときはどうなるんだろう?

トイレはもちろん・・・?

等、いろいろと疑問が浮かぶ。

ボートは進む。もう少し見たかったがfloating houseとはお別れ。

それにしてもこのボート、

やけに遅い。

8border.JPG


途中、出国審査、入国審査のため一端岸にあがり、

1時間ほど国境の村でランチブレイクがあった。

川のルートから国境を渡ると、国境なんてあるのかどうかわからない。

家、村の様子に変わりはない。唯一、

ボートの添乗員だけがカンボジア人っぽい雰囲気だった。

背が高く、細身で、修羅場をくぐってきたような雰囲気を持っていた。

ベトナム人とカンボジア人はどこか違っていた。



16:30。

ってどこが6時間やねん!

しかもまだプノンペンちゃうし!

さらにバスへと乗り継ぐ。

窓から見える景色。

とにかく道が整備されていなかった。

「おまえそれどう考えてもわざと掘ったやろ!?」

と突っ込みたくなる大きな穴が数多くある。

「地雷の跡・・・?」

この疑問は最後までわからずじまいであった。とにかく道の凹凸は半端じゃない。

電線が無い。ベトナムでは、あの島のような田舎でも必ずあった電線が、

カンボジアの田舎には無かった。自然、夜になると真っ暗だ。



バスでプノンペンに入る直前には、

たくさんのアンコール遺跡用(?)の石削り工場のようなものが立ち並んでいた。

やはりこの国はアンコール遺跡で成り立っている国なのだろう。





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2005年07月31日

第7話 さよならベトナム4

翌朝。5:30起床。

Ducにせかされ急いで出発。

Father, mother, 妹の3人が見送ってくれた。

正直、名残惜しい。

子供たちにもう一度会いたかったがまだ寝ているので仕方が無い。

「ターンビー。ガモン。」

妹は相変わらずshyだった。

泣きそうだった。温かい家庭。温かい村。

いつ戻ってきても歓迎してくれる第2の故郷のように思えた。

お金はいっさい要求しない。ただただ、歓迎してくれた。

またいつか必ず戻ってこよう!!



7children3.JPG

7children6.JPG

7children4.JPG

7children1.JPG

島からボートで陸へ。

道がアスファルトだ。そして車もバンバン走っていた。

・・・あの島にはアスファルトはいらない。

車なんて通らない方がいい。

子供たちが危なくなってしまうから。



チャウドックという街へ。

プノンペン行きのボート。U.S. 10ドル。

あいにく持っていなかったのでカードで支払った。カードで支払えた。

何から何までDucの世話になった。

せめて、

と、これからまたホーチミンでバイクタクシーの仕事をするDucに、

送ってくれたタクシー代として、手元にあったなけなしのベトナムドン(U.S.10ドル程度)を渡した。

I was very happy with you and your family.

Thank you very much, Duc.

I promise to come again!

別れの言葉。



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2005年07月24日

第7話 さよならベトナム3

Fatherの薦める「うちの娘=Ducの妹」にも触れておこう。

歳は17。見た目は中学生ぐらいに若い。

この賑やかな家庭にあって、唯一おとなしい子といえるだろう。

Duc曰く、初対面の人に対してはshyだそうだ。普段、家族とはよく喋るらしい。

ベトナムでは結婚は早い。19になるともうお見合いをすると言っていた。
Ducの妹
そんな中、Ducは誇らしげに、自分は恋愛結婚だったんだと言う。

妹は17だからもうあと2年でお見合いか。それで親戚は結婚を勧めてくるのだ。

しかし、正直、一瞬、

「あり。」

と思った。Shyだからか、あまり会話をすることが無かったが、

頼んでないのにお茶やコーヒー、お菓子をそっと出してくれる。

私が眠くなっているのに気づくと枕のようなものをこっそり置いてくれている。

常に気を使ってくれていた。写真を撮るときはいつも隠れた。

一枚だけ、撮らしてくれたときも何度もチェックして、

気に入らないときは消去、撮り直し、を繰り返した。

「あり。」



話を戻す。

とにかく酒をよく飲まされた。

しばらくグラスに酒を注がれたまま、飲まずにいると、

「あれっ?(おかしいなー!?飲んでないんじゃない!?)」

という表情。

大学1,2年生のときのデジャブ。サッカーの先輩方と同じノリだった。

当然、負けず嫌いのため、勧められた酒は

飲む!

注がれる。

飲む!

注がれる。

飲む!

そしてノックダウン。


気づいたらmotherのベッドで寝ていた。



20:00頃、再び目が覚める。酔いが少しおさまっていた。

最後の夜、もう少し散策してみたい。

Ducと何人かの子供たちと共に近所のカフェ(?) に出かけた。

と言っても3軒ほど隣の家。

みんなテレビ(ベトナムのサッカーの試合)を見ながら路上のイスでコーヒーを飲んでいる。

このベトナムコーヒーが大好きだ。

こってりしたコーヒーにコンデンスミルク、

そして細かい氷をコレでもか、と大量に入れる。少し甘いが絶妙。

「あの日本人サッカーめちゃくちゃうまいぞ!」

と、村で有名になっていたらしい。みんなに歓迎された。非常に光栄です。

みんな、

「ナカータ!ナカータ!」

さすが世界の中田だ。日本人でサッカーするやつはもれなく中田。

楽しかった。

いつの間にか再びmotherのベッドで寝ていた。



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2005年07月22日

第7話 さよならベトナム2




夕食。

雑炊、蒸し鶏、魚の煮物、花のサラダ、

それといつものワイライス(コレが強烈!推定アルコール度数40%)

今日はDucのfatherと近所のおじさん2人が一緒。

Fatherはつい先ほどカンボジアへの農作物の出張販売から帰ってきたところだった。

似てると言えばDucに似てるような気もする。

昨日もそうだったが、
Father
もてなすときはワイライスをまず自分が半分飲み、

残り半分を客人に渡す。これを全員が何回も繰り返す。

間違いなく飲みすぎ。そしてまたいつもの、「お前ここに住めよ」発言。

Fatherも、

「あんたには親近感がわくんだよな。今度はいつ来るんだ?

来週?(早っ!)ずっと住めよ!うちの娘と結婚しないか!?」

体育会系のノリである。

以前、ヨーロッパ人(どの国だったか忘れた)を

同じようにDucが連れてきたらしいが、どうも馴染まなかったらしい。

「彼らはhappyそうじゃなかった。でもあんたは本当にhappyそうだね!



推測だが、

ヨーロッパの人たちは少し生活の違いに戸惑っていたのではないだろうか。

「こんなところに泊まるのかよ?」

確かに、トイレもついていない。シャワーもメコン川の水。

白人と黄色人種の違い。自分も生活の違いに抵抗が無いわけではない。が、

ある種これは日本人の特殊能力ではないだろうか。

どの国の人とも仲良くなれる。

日本人の伝統ともいうべき「和」の心が自分にも備わっているのだろう。

なぜか、今までの海外経験では、どこへ行ってもその国の人と仲良くなれた。

もちろんジャパンマネーの影響も少なくない。

中国では初めは歓迎してくれなかった人もいる。

南京大虐殺について祖父母から話を聞かされているためだ。しかし、

そんな人でさえ、会って一言二言会話をしただけで、

「日本人ってこんないい人とは思わなかった。」

である。

偏見とは恐ろしい。

まあそれはいい。要するに、

日本人の特殊能力、「和」の心が自分にも宿っていることに大いに誇りを持った。

これからは、「和」の心を持ち、基本的には人種差別もない、宗教的にも中立的な、

そして経済力のある日本が、もっともっと積極的に国際紛争を解決する場に進出することが求められるのは間違いないだろう。



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2005年07月19日

第7話 さよならベトナム1



子供たちのうちの1人についてここで話しておきたい。
一番私になついてきた子である。(↓写真右側の赤い袖の子)


いつも傍にくっついてくるのでどの写真にも写っている。

初めは気づかなかったが、みんなの説明では、耳が聞こえないらしい。

交通事故でバイクとぶつかってから聞こえなくなってしまった。

喋れない。

何か言っているが、他の子のように発音できていないことに途中で気づいた。

でも一番明るく元気な子だった。

リフティングを一生懸命真似しようとする。

好奇心旺盛。手品が大好きで、何度も何度も誇らしげに見せてくる。

しかし、もともとベトナム語のわからない自分にとっては、言葉なんて関係なかった。

表情、ジェスチャー、旅の指差し会話長。

この3種の神器でこと足りる。

自分もこの子に一番愛着を持った。

この子も自分も、喋れないもの同士であった。

右の赤い袖の子


子供たちが一番興味を持ったのはデジカメである。何回撮っても、

「もう一回撮って!」

というジェスチャー。片手の親指と人差し指で丸をつくり、メガネのような格好、

そして舌打ちのような音を口で鳴らすと「写真」という意味らしい。

しまいにはMotherまでアグレッシブになってきた。

Mother

もちろんmother自身ではない・・・。

まだ2,3歳になる自分の子供を撮ってくれという。

やはり一番下の子が一番かわいいのだろう。

実際、かわいい。かわいすぎ!

「シンチャーオ」

なんて純粋な目をして言われたときには、たまったもんじゃない。


Motherのイチオシ!

「デジカメちょうだい!」

と、せがんでくるが、これだけはどうしてもあげられない。

「これだけはゴメンな。」

思い出をしっかり持ち帰らなくてはならない。



スコールが降ってきた。

この熱帯地方のスコールは相当激しい。粒がデカく、重く、あたると痛い。

しばらく日記を書くからゴメンね。また夜にでも遊ぼう。16:00。



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2005年07月17日

第6話 ベトナムサッカー5

着替えた後は、再びchildren!!

I’m really exhausted.だったけど、やっぱり期待を裏切れない。

しばらく一緒に遊んだ。旅の指差し会話帳で会話したり、

サッカーボールで遊んだり、手品を自慢げに見せてきたり、・・・。

「髭が汚い!」

「もみあげが長い!」

「後ろ髪が長い!」

ベトナム式ピーコのファッションチェック。

ベトナムの子供はシビアだった。

そこへ何故かmotherのフォロー。

「あんたたち、そんなこと言ったらダメよ。ベトナムと日本は違うのよ。」

と、言っているようだった。

フォローしきれていない・・・。


Duc!
なぜだろう?

ベトナム人はみんな童顔だった。

Ducも若い顔して実は30半ば。

そう言えば、髭が無い。

「髭は生えないのだろうか?」

Duc曰く、

「全抜き」

だそうだ。

相当時間かかるやん!?

しかし、それがベトナムの習慣。



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2005年07月12日

第6話 ベトナムサッカー3

Soccer。

6 vs 6。Ducの友達チーム vs 別のグループ(どこからきたのかわからない)

いざKick Off!! 裸足なので足の裏が少し痛い。

意外に(というと失礼かもしれないが)みんなテクニシャン。

でも気持ちは日本代表!日本人の誇りとして、頑張らねばっ!!

「Nakata! Nakata!」

中田みたいだ!と言う観客からの声。

私にはたくさんのサポーターがいた。全てDucの親戚の子供たちである。

中田はベトナムのこんな田舎でも有名だった。最近普及し始めたテレビの影響であろう。

ベトナムサッカー!


さすがに東南アジア、日差しがきつい。グランドが熱い。

汗だくになりながら、心底、試合を楽しんだ。 I love soccer!!

チームのメンバーとも次第に連携が取れるようになってきた。

言葉は要らない。

サッカーは言葉の壁を乗り越える。

言葉が通じなくてもボール1つですぐに仲良くなれる。

サッカーが世界一の球技であることを肌で感じ、同時に、

小さい頃からサッカーを続けてきた自分は本当に幸運だと思った。

試合は結局、我等、Ducの友達チームが勝ち!

終了後、敵チームも味方チームもみんなで握手。

健闘を称え合った。何とも気持ちがいい。

ふと、足の裏が火傷でただれていることに気づいた。

こらあかん、水できれいにせな・・・。

日本人は靴を履いてサッカーをしているので、彼らに比べて足の裏が弱い。

汗だくなってるし、Ducの家に帰って水でも浴びよう!



ところが、まだまだ終わらない。

「サッカーやろうよ!」

今度は見ていた子供たち。

やっぱりサッカーを見ているよりも、自分たちでやりたいようだ。

もう帰ろうとしている私の前に、子供からのパス。

・・・もちろん、

「やる!」

この子たちの期待は裏切れない。

楽しかった。

この一言以外の何ものでもない。


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2005年07月06日

第6話 ベトナムサッカー2

次はrice firm。

この村には大きな道路が1本通っており、その両脇には民家が並ぶ。

片側の民家の裏はメコン川の支流。反対側の民家の裏は広大な農場が広がっている。

川沿いの雑踏な雰囲気とはうって変わって、広大な田園が眼前に現れた。

年に2.3回はハーベストがあるらしい。肥沃な土地である。

驚いたことに、雨季はこの田園地帯が川に沈むという。

それによって養分がまた畑に与えられ、穀物が育つというわけだ。

豊かな生活だと思った。

農業は全て手作業。電化製品はテレビと炊飯器のみ。

でも日本にはないものがたくさんある。

たくさんの米、たくさんの魚、たくさんの子供たち、

みんな親戚や隣近所で仲良く暮らしている。助け合いの生活。

温かい。

「永住するならどっち?」

正直、迷う。
広大なrice firm
それから少しだけDuc&子供たちとサッカーボールでリフティングなどをして遊び、

Ducの家に戻った。



朝食は揚げ春巻きと焼きとり。これもtaste good!

Ducがmotherの料理をあれだけ自慢するだけのことはあって、

作ってくれるものは全てうまい。

「昼から近くでサッカーやるらしいよ。」

Ducから出たこの言葉。テンション上がりまくった。

まさかベトナムのこんなcountry sideでサッカーをすることになるとは夢にも思わない。

しばらく子供たちと戯れた後、いざサッカー場へ!

といっても50mほどいったところにある小学校の小さなグランドである。

このときも、相変わらず子供たちが手を取ってグランドまで連れて行ってくれた。

I’m the happiest in the world!! 天気も良い。


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