2005年06月30日

第5話 ベトナムウルルン滞在記5


今まで旅した世界各国の写真を満載!tsudoi.net旅行記ホームページもご覧下さい!

motherのベッドにつく。

今は夜21:00。この日記を書いている。

子供たちの顔が浮かぶ。子供たちは1時間ほど前に自分の寝床に引き上げている。

とにかく、ここの人たちは温かい。

「幸せ」

というものを深く考えさせられる。

自分は、

常に向上心を持ち、最終的な夢に向かって突き進むタイプだ。

常に時間を意識する。効率を追求する。

ゆっくりすることにストレスを感じる。

きつくても成長することに喜びを感じる。

「結婚して安定した幸せな家庭を築きたい」

などとは全く思わない人間だ。

が、

ここではその対極の生活がある。

時間はゆっくり流れる。仕事は農業と漁業中心。

早朝から働きだし、15:00ぐらいにはもう終わる。

後は近所の人や家族とのゆっくりとしたひと時。

映画はない、自動車もない、パソコンもない、カラオケもない、コンビ二もない、情報もない。

が、子供たちがいる。温かさがある。ゆっくりとした時間がある。

これもまた幸せのかたち。

「どうやったらここに住む手続きができるのだろう。」

と、気づいたらリアルなことを考えていた。

本気で考えた。子供たちの顔が浮かぶ。

日本も昔はこの島と同じようなときがあったのではないだろうか?

明治維新以降の西洋文化の取り入れによる急速な近代化。さらに戦後の高度成長。

その過程で、この島の風景は忘れ去られてしまったのだろう。

新たな幸せのかたちを得て、かつての幸せのかたちを失った。

明日はカンボジアに向かわなければならない。しかし、

「もう1日どうしてもここにいたい・・・。」



22:00。Ducとmotherにもう一泊いさせてもらうことを頼んだ。

「いつまででもいてくれていいよ。」

motherは本当に温かい。本当の優しさに出会えた。

22:10 Good Night….

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2005年06月28日

第5話 ベトナムウルルン滞在記4


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Ducの家に戻ってきた。

例のトイレで用を足し、家の中に戻った。

今日は酒も結構飲んだし、疲れていたのだろう。

うとうとし始めた。と、Motherは、

「洗濯するものある?洗濯して干しておくから。」と、

シャツを渡すと手洗いで洗濯してくれた。

さらにベッドはmotherが普段寝ているベッドを使えという。

それなりに豪勢なベッドだった。

「いいよいいよ!こんなにいいベッド。

風呂も入ってないから汚いし、ここの床で十分!」

と言ったが、それでも強く勧めてくれたので、

結局motherのベッドで寝ることにした。

なんていい人。

しかも就寝前には頼んでいたチェ。

これがまたうまい。

とにかく至れり尽くせりだった。

この恩は絶対に忘れない!日本に帰ったら必ず写真と、

他に何かをプレゼントするんだ。

心に誓った。明日はもうカンボジアに向けて出発しないといけない。

ノートにここの住所を書いてもらった。

逆にDucのノートに、バイクタクシー業の手助けとなるように、メモを書いてあげた。



「日本人の皆様、この人は本当にいい人ですよ。

1日 ドルでホーチミンからメコンデルタ、モンキーアイランド、

ミー・トー等、どこにでも案内してくれます。しかし、

何といっても彼の実家は最高です。

めちゃめちゃたくさんの子供たちと家族が迎えてくれます。

人懐っこくて、とにかくかわいいの一言に尽きます。

僕は明日、この島からチャウドゥックという街に出て、

そこから船でカンボジアに向かいます。

聞きたいことがあったらいつでも連絡ください。

(メールアドレス、名前)」



Ducは日本語が喋れないし、英語も発音が聞き取りにくいので、

日本人ともっとコミュニケーションが取れるように、

「旅の指差し会話帳」もプレゼントした。

明日の朝出発することをmotherに告げると、ひどく残念そうだった。

「もっとゆっくりして行ったら?」

と、何度も引きとめてくれた。

「ありがとう。」
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2005年06月26日

第5話 ベトナムウルルン滞在記3


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開かれていない島。どんな家、どんな人々、どんな生活?

好奇心が絶えず、外を歩き周ることにした。

が、散歩の前にストップがかかり、Ducの親戚へのあいさつ回り。

あれっ?親戚にはもう挨拶したはずでは・・・?

実は、最初に出迎えてくれた10人ぐらいの親戚は、まだまだ氷山の一角であった。

とりあえず隣の家に住んでいる親戚の下へ行った。
親戚たち
自己紹介をしていると、その間にまたぞろぞろと他の親戚が到着。

何人いるだろうか・・・。15人〜20人ってとこだろう。

そのうち子供が半分以上もいる。

「シンチャーオ!」

「シンチャーオ!」

Wow!Lots of シンチャーオ!Very cute!

”シンチャーオ”とは、ベトナム語の”こんにちは”。

ここの子供たちはみんな人懐っこい。

興味津々の目で私を見てくる。

可愛い。

この状況にあって、そう思わない人はおそらくほとんどいないだろう。

ついでに、彼らが使っているハンモックも初体験。
ハンモック!
最高に快適、最高に幸せなひと時だった。



外出。

したいと言ったときには子供たちに既に囲まれていた。

「遊んでよ!」

と言わんばかりの、というかベトナム語で言っていたのかもしれない。が、

「ちょっと外を見たいんよね。帰ってきてからでもいい?」

すると、子供たちがみんな私の手を握ってくる。しかも取り合い。

「ん?どうしたんだ??」

・・・外を案内してくれるらしい。

泣きそうになった。

・・・なんでここの子供たちはこんなに人懐っこいのだろう?

日本とは違う。もちろん日本でも人懐っこい子供はいるが、

初対面でここまで懐く子供たち、きれいな目をした子供たちは初めてだった。



おそらくこういうことではないだろうか。

ここでは親戚みんなが一緒に暮らしている。仕事は農業・漁業が中心。

大人たちは朝早くに置き、昼過ぎまで仕事をし、その後は家に帰ってくる。

後はずっと子供の遊び相手になっているのだ。

子供たちは親戚や近所の大人たちが遊び相手となって成長していく。

自然、大人を見れば遊んでくれ、と寄り付いてくるようになる。

しかも、日本人、というか島の人以外の人間が来ることなんてめったにない。

何して遊んでくれるの?

という好奇心に満ち溢れるのだ。



結局、そんな人懐っこい子供たちに、近所を案内してもらうことにした。

夜であまり見えないが、道は、当然アスファルトなどなく、土。

少し湿っている。たまに水溜り。

鶏が放し飼いになっている。

家は小さな家が道の両脇に並んでおり、

道の片側の家の裏はメコン川の支流。逆側の家の裏は広大な田園地帯。

夕方の家々からテレビの音が聞こえてくる。

「テレビあるんだね?」

最近見られるようになったらしい。と言っても、

もう既に3軒に1軒ぐらいの割合でテレビがある。

posted by Tiger at 12:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月25日

第5話 ベトナムウルルン滞在記2

もう遅いので、島に到着後、急いでDucの家へと向かった。

わずか5分ほどで彼の家に到着。

Ducのmotherを含め、次から次へと親戚一同が、

この初めての日本人を歓迎しに来てくれた。10人はいるだろう。

・・・心からうれしい。こんな歓迎をしてくれるとは思ってもいなかった。

一通り自己紹介が終わり、しばらくの歓談の後、

みんなまた元の自分の家に帰っていった。

と言っても、みんな隣近所に住んでいる。



その後、Ducに家の庭と家の中を案内してもらった。

「風呂は?」

「メコン川。」

なるほど!

「トイレは?」

「その辺で。」

えっ?庭?

「大は?」

「あの辺で。」

ちょっと遠くなっただけやん!!

「Great!!」

豪快な家庭だ。

小は庭で、大はちょっと離れた藪の中、ということである。

「Great!!」



それから間もなく、Ducが何度も私に自慢してきたmotherの手料理が登場!

バイン・セオ、イカの煮物、そして、
motherの手料理
“ワイライス”

と言っていたが、日本酒のような味だ。

米から造ったお酒で、ワイン+ライス = ワイライスらしい。

駄洒落のようだが、それが一般名称になっている。

バイン・セオは、私からDucにお願いしていた一品。

ベトナム風オムレツとでも言うべきか、コレはホーチミンにいたときから大好きだった。

Ducが自慢するだけあって、味は本当にうまい。しかし、

食べきれん・・・。味はおいしかったが量が半端じゃない。

でもmotherがせっかく作ってくれたから残さないように食べよう!!

・・・としたが、やっぱり苦しかった。

しかもDucの義理のお兄さんと弟さん
Ducの義理のbrothers
(orいとこ。血縁関係は多すぎてよく覚えていない。)、

「あんたとは気が合いそうだね!ここにずっと暮らしなよ!

Ducの妹と結婚したらどう!?」

と言って、妹・ワイライス・ご飯の3種の神器を勧める勧める。

いやいや、だから、食べ切れんって!!

と思いながらも、

何だがみんなに認められた気がしてうれしかった。

食事をしながら、私の仕事、彼らの仕事や生活、

その他さまざまなことについて話をした。

「ごちそうさま!」

食後、motherが、

「何か作って欲しいものある?」

と言ってくれたので、今度チェを作って欲しい、

と厚かましくもmotherに頼んだ。

それから外へ。
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2005年06月22日

第5話 ベトナムウルルン滞在記1

やっとのやっとのことでDucの住む島へ到着。

後から地図で調べたが、な、な、なんと!

ホーチミンから200kmも離れてるやん!!

それもそのはず。ホーチミンを抜けてからというもの、

田舎道は時速80kmぐらいで走っていることもあった。
それでトータル約5時間。

ケツが痛くなるのも無理もない。

Ducはこの道のりを月1回往復しているそうだ。正直、キツい。

もう真っ暗になっているので、辺りの家や雰囲気はよくわからないが、

どうも相当な田舎のようだ。

とりあえず、道路はアスファルトではないのは間違いない。

暗がりの中でも、会う人会う人もれなくDucに声をかける。

みんな知り合いのようだ。その度にDucは、

「ニャット!」

日本人だよ!と言う。

何故か、そんなに!?というぐらいみんな驚いていた。

「なんでそんなにびっくりしてんの?」

Ducに尋ねた。

「だって、この島に来た日本人はあんたが初めてだからだよ。」

・・・えっ!!??

俺が・・・初めて!!??


なんと光栄なことか。

確かにこんな何もない島、交通の便も悪いし、

観光に来るような人はいないだろう。

何もないけど、それでも「初めての日本人」というのは何ともexcitingなことだ。

私の印象=日本人の印象

と、島の人たちには映るだろう。

私の言動、態度、行動が全てそのまま日本人のイメージにつながるのだ。

気分は日本代表である。最高の気分だ。

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2005年06月21日

第4話 島へ6

ミー・トーを出て、Ducの家を再び目指す!

道は相変わらずカントリーロード!

どのぐらい走っただろうか?相当な距離を走っているはずだ・・・。

ずっと同じ姿勢で座っているので、だんだんケツが痛くなってきた・・・。

突如降り出したスコール。

やばい! 東南アジアのスコールは相当に強烈なのだ。

ホテルのシャワーをMAXにした強さよりもはるかに強い。

時速60km以上のスピードにこのスコールは過酷だった。Ducがかばんにシートをかけてくれ、

雨がっぱを着用したが、雨粒が非常に大きいため、雨に濡れる心配よりも、とにかく顔が痛い。

ひたすら往復ビンタをされ続けてる感覚だ。

ついにギブアップして、途中で見つけたお店で、雨宿り。

二人とも身体が冷え切っている。何か温かいものを食べたい・・・。

フォーを頼んだ。

これがまた当たり!

めちゃめちゃうまかった!何故かチキンラーメンそっくりの味。フォーにも色々あるもんだ。

Ducが店の電話を借りて、どこかに電話をかけていた。

「どうしたん?」

と聞くと、実家に電話をしたところ、

奥さんと子供は入れ違いでホーチミンに別用で向かったため、今日は実家にいないのだそうだ。

奥さんと子供を見るのを楽しみにしていたのでちょっと残念だ。

しばらくして、雨が止んだ。身体もあったまったし、出発!!

それにしても、
雨宿りした店の女の子
「家はどの辺?けっこう走ってるけど、まだもっと先?」

「あと1時間ぐらい。」

思っていたよりずっと遠かったようだ。確かに、

「メコンデルタ」

と一言で言っても、その範囲は非常に広いことに気づいていなかった。

ひたすら走る。ひたすら走る。

かなりケツが痛かったが、Ducの方がしんどいはず!弱音は吐かんぞー!



途中、いくつか村を通ったが、メコンデルタの村々は本当にGreatな雰囲気。

なんとも言えないゆったりとした感じ。

それと、常に川と一体化している。

メコン川の支流が網の目のように張り巡らされている。

この人たちにとって、川の無い生活なんて考えられないことなのだろう。
田舎の家と子供たち


それから、途中で気づいたことだが、

ホーチミンも含め、南ベトナムでは子供がやたらと多い!

ベトナム戦争で失ったものを取り戻そうとしているのだろうか。

日本の戦後もこんな感じだったのだろうか。

とにかく、子供、子供、子供、めっちゃかわいい!

子供が多いと非常に活気が感じられる。

今後のベトナムはどうなっていくのか?

とても期待できそうだ!ベトナム、注目すべし!



ボートにも2回乗り継ぎ、ついにDucの住む島へ到着!!


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2005年06月20日

第4話 島へ5

ミー・トー・到着。

ミー・トーの港の手前にあるカフェに入った。そこでミー・トー島めぐりツアーの申し込みができるようだ。

おじさんがひたすらツアーの内容を説明してくれた。

「で、いくら?」

「80 USドル。」

は!? Crasy Priceやん!そんなアホな話あるかいな!

「無理。」

「じゃあ、78 US ドル。」

変わらんやん!

「無理。」
ミー・トーの小舟から
「これ以上はもう安くできない! 70 US ドルでどうだ。」

「帰る。」

本気でDucに帰ろうと言った。するとおじさん、

「いくら持ってる?」

「払える金は200,000ドン(約1,700円)。無理でしょ?いいよ別に。もう帰るから。」

Ducは横で気まずそうな笑みを浮かべている。

「わかった。じゃあ220,000ドンでいいだろ!?」

え〜!!? そんな値段下がんの!?ほんなら最初の US 70ドルは何やねん!?

格安ショートプランらしい。本当かよー?最初がぼったくりプライスやったんちゃうんかー?

まあいい。それでもまだ高い気はしたが、220,000ドンと言われたらさすがにO.K.せざるを得ない。

契約成立。
川で遊ぶ子供たち


ツアーへ出発。

船で対岸の島へ渡る。

そこからはDucと私の二人だけであった。格安ショートプランだからなのかはわからない。

しかし、出発してみると意外に当たり!

小舟に乗り換え、ゆっくりと島と島の間を流れる細い川を進む。

流れはとても緩やかで、木の枝でもつかめば自分で船を止めることができるぐらいだ。

舟はやがて熱帯雨林の中へと入っていく。本物の熱帯雨林地帯。

まるでジュラシック・パークのような気分だ。

しかも、この熱帯雨林の中で暮らしている人たちがいた。

子供が川で遊んでいる。彼らにとっては、この川が一番の遊び相手となっているのかな。

突然、舟が動かなくなってしまった。

エンストを起こしたらしい。

船頭さんが川へ飛び込んだ。Duc曰く、

「今、故障を直してるとこだよ。」

って、うそー!?こんな濁ってる川の中で故障直せんの!?って言うか目開けれんの・・・!?

しばらくすると、船頭さんが水から上がり、再び坦々と舟を動かし始めた。

・ ・・直ってる。

驚いた。ベトナム人の目は相当強いらしい・・・。


舟の故障を直した直後の船頭さん
島の周りを一周した後、舟から島に上がり、飴工場等を見学し、元の港に戻ってツアーは終了した。

格安ショートプランとは言っていたが、かなり満足のいくツアーだった。



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第4話 島へ4

早速出発。

バイクでホーチミンシティを出る。

どんどん景色はcountrysideへと移り変わる。相変わらずの砂煙。

ところで、

「実家ってどこにあんの?」

「Country Side. Country Side.」

いやいや、それだけじゃわからんっちゅーねん!!

もう一度聞きなおす。

「どこ?」

「Mecon Delta.」

なんや、メコンデルタか。ほんならモンキーアイランドとかの近くかな。

「了解。」



ここで少し彼を紹介しておこう。

名前はDuc。年齢は30歳過ぎ。既婚。子供は1人。
奥さんと子供は実家のほうにいて、彼はホーチミンに出稼ぎに来てバイクタクシーをやっている。

1泊1USドルの格安ドミトリー。環境は劣悪らしいが。

英語は私と同じぐらいの片言だが、かなりベトナムなまりで聞き取りにくい。

性格は、酒さえ飲まなければ非常に気づかいのできるGentlemanだ。

酒を飲むと若干下ネタに走る傾向あり。しかし、総じて、いいやつだ。



気持ちの良い田舎道をひたすら走る。いつ味わっても最高だ。

しばらくすると、

「ミー・トーへ寄りたいか?」
ミー・トーで暮らす人々
と聞いてきた。ミー・トーと言えばメコンデルタの有名な観光地である。

熱帯雨林に囲まれたメコン川の支流をクルージングできる、少しトレッキング気分の味わえるスポットだ。

「是非とも!」

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2005年06月15日

第4話 島へ3

8月7日

6:00。起床。朝起きたときの気分でカンボジアに行くことに決めた。



6:30。バイタクの兄ちゃんとの約束の時間。

何故か彼は眠たいにも関わらず、いつもよりも嬉しそうだった。

「カンボジアに行くことにするから、バス乗り場に連れていってよー。」

と、私が言うより先に、彼から一言。

「Let’s go to my country house!」

(実家に来いと言っているのか?

でも今日俺はカンボジアに行くことに決めたんだ。

早くアンコール・ワットを訪れたい。)

「My mother cook good food! Everything is good!」

(バイタクの兄ちゃんのお母さんが作る料理がうまいって?)

でも早くカンボジア入りしたいし、実家に行くってのはかなりリスクが高い。

田舎に連れて行かれたらそれこそ自分は無防備だ。

金を取られるだけならいいが、下手すりゃ自分の身も危険だ。

自分が殺されるシーンが頭をよぎる。しかし、・・・


私は人の性格を結構見抜けるタイプだと自分で思うのだが、

彼とはこれまで2日間一緒にいたが、悪いやつじゃない。

時には人に騙されそうなほどの純粋さを感じるときもあった。

この笑顔は悲しませたくない・・・。自分が殺されるシーンと、

彼が実家に来たことを喜んでいるシーンとが何度も交錯する・・・。



「・・・決めた!信じる!バイタクの兄ちゃんと、自分の人を見抜く目を信じる!

危険に会ったらそのときに考える。なんとかなる。

特に根拠も無いが、数年前から、自分は運が強い人間だと思い込むようになっていた。



「O.K. Let’s go!」

そこにはバイタクの兄ちゃんの純粋な笑顔があった。




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第4話 島へ2

いろいろ散策し、20:00に夕食。

いつもよりも少しグレードアップ。
4children1.JPG
シェイク、ビール(ビアホイではない)、ほうれん草のガーリック炒め、

揚げ豆腐、バイン・セウ、コーヒーフロート。全部うまい。

サーカスがやっていたので少し覗いてみた。なぜかタダ。

特にベトナムオリジナルなサーカスではなかったが、結構おもしろかった。

昼間は開いてなかった店も夜になると活気付く。

昼間は暑いから夜型が多いのだろうか。

4人の子供たちが道路で遊んでいた。もう22:30。

カメラを向けるとこっちを向いてポーズをとりだす。

TVに出てくるヒーロー物のマネをしているようだった。
子供たち2
たまらなくかわいい。

最後にインターネットカフェに行き、宿に戻った。

ホーチミンを満喫。

明日はどうしようか・・・。

とりあえずバイタクの兄ちゃんと朝待ち合わせがある。

ベトナムの別の街に行くか、カンボジアへ向かうか、向かうなら陸からか、川からか・・・。

0:30 Zzz…

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2005年06月14日

第4話 島へ1 

第4話 島へ

13:30。宿到着。

14:00。着替えてからツアーで会った日本人と昼飯を一緒に食うことにし、ベンタイン市場へと向かった。

東南アジアではどこでもよくあることだが、市場ではやたらと日本語で話しかけられた。安そうな屋台で昼飯。

ライスにチキンと角煮がのっている。 + お茶。 2人合わせて26,000ドン。

味はうまい。すぐ目の前にいた子供があまりにかわいくて思わず写真を撮った。
4child.JPG
めっちゃかわいいやん!
この頃から、子供嫌いだった自分が、少しずつ子供好きに変わり始めていた。



昼食後、サイゴンリバーの方へ向かった。夜はデートスポットになりそうなところだ。

ドンコイ通りを通ったが、ファン・グーラオ通りとはかなり雰囲気が違う。
高級感が漂っていた。高級デパートも立ち並ぶ。

少し街で買い物をしよう。

ベトナムの代表料理の1つであるチェという、あんみつのようなものを屋台で食べたが、そこのチェはどうもいけてない。5,000ドン。

さらにベトナムTシャツを購入。

30,000ドン→20,000ドン(約180円)。

もう少し値切れそうだったが、十分安い。

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2005年06月05日

第3話 地下基地ク・チ 後編



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地下基地ク・チ 続き

次は、実際に使われた様々な罠。

そんなに種類いらんのちゃうん!?

と思うほど、多種多様な仕掛けが考えられていた。



そして次は射撃場。
射撃体験
銃を選び、固定してもらって実弾を撃つ。

ツアーで会った日本人が、

「2発撃ってもいいよ。」

と言ってくれたので、

せっかくだから撃たせてもらうことにした。

隣からめちゃめちゃデカい銃声。耳が痛い。

名前はよーわからんけど、欧米人がライフルみたいなものを撃った。

あまりのデカさに少々ビビりながらも、

遠くにある的を狙い、こっちの小型のピストルを撃った。

「Ban!!!」

小さいピストルでも音のデカさは負けていない。

しかも衝撃が半端ではない。

支えがなければこっちがフッ飛びそうだった。

もちろん的は外れている。

それにしても、

欧米人は本当に銃とか武器が好きのようだ。

興味津々にいろんな銃を触り、どれを撃ってみようかと選んでいる。

戦争証跡博物館でも、悲惨な写真が数多く展示されている中、

欧米人男性の多くの人は、どちらかというと、同じく展示されている、

ベトナム戦争で使用された武器に興味を持っていたように見えた。

コイツらの神経はどうなってんだ。

農耕民族と狩猟民族の違いだろうか。

あるいは、彼らは元軍人なのだろうか。

いずれにしても、好かん。



ついにトンネルへGo!

中へ入ると、

狭い!臭い!暑い!息苦しい!汗止まらん!!

中は相当長く続くトンネルになっているが、道幅はめちゃめちゃ狭い。

四つん這いになるか、膝を折ってキャッチャーのような格好でなければ到底歩けない。

あの中で何ヶ月も生活しながらゲリラ活動を行っていた、

というのが本当に信じられない。

サウナの中で生活しているのと同じだ。

地下トンネル
食堂、トイレ、寝室、病院、全てトンネルの中。

どこが出口かよくわからんまま、迷路のようなトンネルをひたすら進んだ。

すぐにでも外に出たい!

と思うような過酷な環境。

ようやく外へ出たころにはTシャツはもう汗だくである。

日本人の彼も一言、

「そらアメリカに勝てるよな。」

納得。ベトナム戦争では事実上、北ベトナムがアメリカに勝利している。

ベトナム人の底力を痛感した。



今度は地下食堂へ。

と言っても、ここはもう観光用に、天井を取り払っていた。

タピオカと言っていたように聞こえた。

ジャガイモとサツマイモの中間ぐらいの味で、けっこううまかった。



帰りのバス。

とにかくガイドさんは良く喋る。

ちょっと紹介しておこう。

42歳。ベトナム戦争に従軍し、通訳を行っていたそうだ。

今は楽しそうに、誇らしげに話をしているが、当時はどのように思っていたのだろうか。

同じ国で殺し合う・・・。辛いだろうな。

それはさて置き、

とにかくよく喋る。元通訳とあって英語の発音は非常にうまかったが、

「That’s the reason why…」を誇らしげに連発。

「three」を「トゥリー」と発音していたところは、やっぱりベトナム人らしかった。



前日は結構寝たはずなのに、帰りのバスでは爆睡していた・・・。
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2005年06月04日

第3話 地下基地ク・チ 前編

第3話 地下基地ク・チ



8月6日


7:30。宿を出る。

今日はベトナム戦争当時の南ベトナム解放戦線のゲリラ活動の

地下基地であったク・チへ向かう。珍しくツアーに申し込んだ。



朝食に、近くでフランスパンのサンドイッチ、菓子パン、水を買った。

「フォーティサウザンド。」

店のおばちゃんに40,000ドン払った。

何やらおばちゃんの子供らしき人物が横で苦笑いしている。

何だ??

・・・あれっ?待てよ。

まだ寝ぼけていて思考回路が停止していたが、

・・・高っ! おいっ!40,000ドンなわけあれへんやん!!

「フォーティーンサウザンド」やろ!?

おばちゃんに聞きなおす。

「今40,000ドン払ったけど、ほんまは14,000ドンちゃうの!?」

・・・バレたか。

と言わんばかりの気まずそうな顔。

我ながら「細かいやつだ」と思いながらも、Cash backしてもらった。



8:00過ぎ。ク・チ半日ツアー出発。

自分以外に日本人が一人だけいた。

東京在住の35歳。以前、「個人旅行」の編集をしており、今は雑誌や本のmistake checkをしている。

月収20〜80万円。悪くない。こんな仕事もあるんだな。

いろんな国を歩き回っており、特に南米が好きらしい。相手のペースを乱さない落ち着きのある人だ。


バスに乗って1時間半ぐらいだろうか。

農村地帯、森林地帯を抜け、ク・チに到着。

パッと見た感じ、建物以外、特にそれらしいものは何も見当たらない。

まずは館内でビデオを見た。

解説の内容はよくわからなかったが、映像はク・チにおけるゲリラ活動の様子だった。

地形を利用して巧みに身を隠しながら攻撃している。

3kuchitunnel1.JPG


その後、森の方へみんなで歩いていった。

急にガイドさんは立ち止まり、下をごそごそあさると、

コンクリートのふたが出現!

引き上げると、小さな穴が開いていた。地下基地への入り口・・・。

こんなところ戦争中は誰も見つけられるはずがない。

すると、ガイドさんの一人が解説、一人がおもむろに穴の中へとすっぽり入った。

写真でよく見かける穴だ。

その後、希望者数名が一人ずつ中へ入らせてもらった。

もちろん俺も!

見た目は到底入れそうもないぐらい小さい穴。

だが、ガイドさんは入っていたから俺も入れるだろう。

いざ!

胸まではすぐに入るが、腕が抜けない!

腕を真上に上げると、イタタタタタ・・・。

何とか中に入れた。意外に入れるものだ。

中は深さ1mぐらいで、少し広い空洞になっている。湿気を強く感じる。

もがく!
こんなのよく作ったもんだ・・・。

ん?入ったものの・・・出れるのか??

また両手を真上に上げ、腕から外へ出す。またいっぱいいっぱい。

もがいている写真を1枚。



しばらく歩くとベトナム戦争当時の戦車が放置されていた。

まだなんとなく生々しい。

そういえばさっきのビデオの中で、

ベトナム人がこの戦車に果敢に立ち向かい、爆破するシーンがあった。

ベトナム戦争当時の戦車
ふと、第2次世界大戦当時のノモンハン事件のことが頭をよぎる。

当時の在満州日本軍である関東軍は、一部の無能な上層部の指令により、

ソ連軍の近代化された大戦車部隊に対して、ほとんど歩兵だけで対抗しようとしていたのだ。

全く愚かである。自分がもしその部隊に配属されていたら、と想像してしまった。

こんな戦車を相手にしていたのか・・・。

ベトナム戦争当時のベトナム人も、第2次世界大戦当時の日本軍も、末端兵士は極めて勇敢だったのだ。

posted by Tiger at 17:04| Comment(0) | TrackBack(1) | 旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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